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「えふりこぎ」

 茶太郎が秋田で、まるで私のためにあつらえたような素敵なお土産を買ってきてくれました。その名も「えふりこぎ」Tシャツ。黒地のTシャツの背中にいい感じの書体ででっかく「えふりこぎ」の文字が白抜きされています。茶太郎用のおそろいのTシャツもあって、こちらは「んだ」の文字が白抜き。
 「えふりこぎ」は秋田弁で「ええかっこしい」の意です。「ええかっこしい」は広辞苑に載っていない(ことを初めて知った)のですが、あえて標準語をひっぱってくると「見栄っ張り」ということになるのかしら。自分では、自分のことを「ええかっこしい」だとは思うものの、「見栄っ張り」だという感覚はないのですけれどねー。両者のニュアンスが微妙に異なるということなのか、たんに自分の真の姿を認められないだけなのか。
  「んだ」は言うまでもなく、秋田弁における肯定の言い回しです。「そうなの?」「そうなのよ」という会話は、「んだべか?」「んだ」ということになります。否定形「違う!」は「んでね!」、さらにそれを否定しようとすると「んでねぐね」になります。
 というわけで、2人でそろってTシャツを着て歩くと、「あたし、ええかっこしいなのよー!」「そうだ、そうだ!」と世間様に主張していることになります。恥ずかしくて秋田の街では着られません。たとえて言うと、ニューヨークではニューヨーク土産の「I ♡ New York」Tシャツは着ないというのに近いかも(いや、違います)。とりあえず、この週末に名古屋へ行くので、そのときに着ていこうと思っています。
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by thebrandywine | 2008-06-30 23:24 | 日常生活

さんざん・・・

 図書館を3つハシゴして、スーパーで買い物をして、借り出した本やらどっさりとったコピーやら食料品やらをかかえてヨロヨロしながら帰ってきたところ、郵便受けにヤミ金のチラシが入っていたのにムッとして、エレベーターに乗ろうとしたら、こういう日にかぎってなぜかメンテナンスをしていて乗れず、反対側のエレベーターに乗ってようやく家にたどり着き、玄関を開けたら、出かけるときに干していった傘に通せんぼをされました。しくしく。
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by thebrandywine | 2008-06-27 21:53 | 日常生活

○バティーニ

 お昼に外でパスタを食べていたら先日の悲しいランチのことを思い出したので、その話を茶太郎にしてみました。「それがさー、ズルズルズル~ッて、いやもうすっごい音でさー」と訴えたところ、「それじゃ、サバティーニじゃなくて、ソバティーニじゃん」という答えが返ってきました。おお、そうきたか!
 今度あの界隈に出かけることがあったら、座布団の代わりに、あのお店のランチをごちそうしてあげようと思います。先日食べたのは、「水菜とじゃこのアーリオ・オーリオ」だったのですが、今日食べた「鶏とナスのペペロンチーニ」のランチセット(¥850)と比べてみて、あれが美味しかったことを改めて認識したので。
 そんな茶太郎は、今晩「♪上野発の夜行列車♪」に乗って秋田に向かっています(あけぼの号)。茶太郎は狭いのが苦手なので、わざわざ個室(ソロ)をとってあげたのですが(個室だからスペースが広いかと思って)、どうも普通の寝台(デュエット)を2つに仕切ったのがソロだったようで、先ほど電車に乗り込んだ茶太郎から、「えーん、狭いよー」と泣きが入りました。
 がんばれ、茶太郎! 負けるな、茶太郎!
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by thebrandywine | 2008-06-26 22:30 | どうでもいいこと

悲しいランチ

 先日都心に出たさいに、駅ビルに入っているお店で、お昼と呼ぶにはかなり遅い時間に食事をしたのですが、これがちょっと情けないランチになってしまいました。某高級イタリア料理店の系列のカジュアルなお店なのですが(サラダ、飲み物のついたパスタランチが¥1,300くらい)、落ち着いた内装、席での会計などで、高級感を醸し出すタイプのお店です。
 時間が時間なだけに、客は私の他には1組だけ。そのお客さんから離れた奥のほうの場所に通され、まあ普通なら悪くなさそうな位置だったのですが、遅い時間だったのが運のつき。従業員の昼食にかち合ってしまったのですが、この従業員の人たちの食事の場所が私の席と通路をはさんで隣にある個室としても使えるスペースで、一応カーテンで見えないようにはなっていたのですけれど、何人もの人たちが、食べ物や飲み物、調味料などを持っては、私の直ぐ横をわさわさと行ったり来たり。極めつけは、カーテンの向こうから聞こえてくる、パスタをズルズルと――それもかなり大きな音を立てて――すする音! 従業員の人たちの和気藹々とした話し声は気になりませんでしたが、いくらカジュアルラインのお店とはいえ、厨房の人の大音量の「パスタ・ズルズル~」はあんまりです。いったいあたしが何したっていうのよー(泣)。
 会計の時に「この場所、ちょっと落ち着きませんでしたね」と軽くぼそっと言ったら、(さすがに高級店の系列店だけに?)平身低頭で謝罪してはくれましたが、そんなに平謝りするくらいなら、その前に気づいてよと思っちゃいました。パスタ自体は、ゆで具合と言い、素材の取り合わせといい、味付けといい、とてもバランスが取れて美味しかっただけに、ぜひまた食べたいと思うのですが、本当にまた行っていいものかどうか、かなり迷うところです。うーむ。
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by thebrandywine | 2008-06-22 22:59 | どうでもいいこと

2枚の写真

 雑誌の構成の最後のチェックって、誰がどんなタイミングでするものなんでしょうね。週刊新潮の6月26日号の巻頭の写真記事が先日の岩手・宮城内陸地震について触れたものだったので何の気なしにパラパラめくっていたのですが(「戦慄の鳴動」)、この最終ページの写真と、隣のページの広告の取り合わせが何とも皮肉で絶句してしまいました。
 地震特集の最終ページの写真は、避難所に一面に敷き詰められたお布団の上で、おばあちゃんが、疲れた表情で虚空を見つめて横になっているシーン。その左隣のページはフィンランド航空の広告なのですが、バリバリと仕事をこなしていそうな女性が、仕事をやりとげた充実感と心地よい疲れに包まれながらビジネスクラス(?)のとても快適そうな角度に倒したシートの上で至福の眠りについている、という設定を想像させるもの。2つの写真は、元来まったく関係ないはずのものなのですが、疲れたおばあちゃんと、主張帰りの白人女性の、右上の頭から左下の足へと伸ばした斜めの線の角度がほぼ平行で、同じ構図になっているだけに、2人の女性の状況の違いが大きく際だっていたのでした。
 雑誌の広告を掲載する(とってくる)ときに、それが何ページ目にくるかということが大事なポイントになるのは当然として、前後にどんな記事がくるかということはあまり問題にならないのかしら。他人の不幸の横でのうのうとしているような感じで、広告主にとってあまりいいイメージにならないような気がするのですが。広告の位置が変えられないとしたら、記事のほうの配置や構成を変えるという手もあると思うのだけれど・・・。それとも、あえて意図的に、同じ構図の写真を2枚並べて配置することで、地震後の悲惨な状況と、機内の快適さを対照させようとしたのかしら。
 なんだか釈然としないぴーこでした。
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by thebrandywine | 2008-06-20 13:16 | どうでもいいこと

ホネまで愛して

『骨から見る生物の進化』(河出書房新社)
ジャン=バティスト・ド・パナフィユー(著)
パトリック・グリ(写真)
 「進化とは、何億世代にもわたって自然淘汰が容赦なく選び抜いてきた、突然変異の膨大な蓄積である」(258頁)
 新聞の書評で見て面白そうだったのですが、あまりに値段が高かったので(税別で8800円よっ!)図書館で借りてきました。

 動物の骨格というものにわずかながら興味を持ったのは、十数年前に旅行で行ったニューヨークの自然史博物館の展示でした。枝にぶら下がった2匹のチンパンジーの骨格標本がとってもお茶目で、今にも「ウッキー」という声が聞こえてきそうだったのです(チンパンジーが「ウッキー」と鳴くかどうかは知りません)。他の展示室でも、アメリカの住宅地に日本のドバトやカラスなみにたくさんいる可愛いハイイロリスも骨格標本になると不気味だと思ったり、とぐろを巻いているヘビの骨格標本を見て「ヘビって全身肋骨なんだー!」と妙に感心してみたり。
 ……とまあ、こんなことを思ったりしていたわけですが、10年以上も前の自分の「わくわく感」の正体が、この写真集のおかげで少しだけつかめたような気がします。

 骨格標本というのは、脊椎動物に死が訪れて魂が抜けただの物体と化すことを象徴するものでもありますが、この写真集に載っていた動物(の骨格)たちは、表現としては変ですが、とても生き生きとしていました。今にも動き出しそう、いや、もっと正確にいうと、動いている動物の姿にレントゲンを当てたらこんなふうに見えるかも、なんて感じがしたのです。
 物理的には、骨格の並べ方と、撮影の際のライティングによるところが大きいのでしょうけれど、この写真集に関わった人々の、骨に対する愛だとか、生命というメカニズムに対する驚嘆であるとか、そういう素直な感覚がじわじわと伝わってくる仕上がりになっています。そこに凝縮されているのは、お正月に髑髏をかかげて顰蹙をかった一休和尚の虚無的な発想とは正反対の、躍動する生命の本質とでもいうものではなかろうかと思います。
 寄り添うようにたたずむウマやロバ、空を飛翔・滑空する鳥たち、列になって進む3匹のハリネズミ、まさに獲物に飛びかからんとするヒョウやキツネ、イヌワシ……。コウモリも、骨格標本にしてみると、どうしてあんな格好をしているのかがすっと理解できます。ヘビだって、後肢の名残の骨がちゃんとあったりして、見た目は激しく異なっていても、基本的に脊椎動物って同じ「つくり」になっているんだなーと、深く納得してしまったのでした。

 解説もてんこもりで、写真を見ながら解説を読んでいるうちに、進化論というものが何なのかがよくわかってくる気がします。文字だけ読んでいると小難しく感じる解説も、写真を見ながらだと一目瞭然。動物の食性などの行動の特長も含めて、頭で理解するというより体感するといったほうが適切でしょうか。
 学校教育の場で進化論を教えることに反対するキリスト教やイスラム教の原理主義に対する違和感は以前からありましたが、この写真集をじっくりと見てみて、その違和感がいっそう強いものになりました。神の存在を信じるか否か、どのような神を信じるのか、ということはもちろん個人の信仰の自由の範疇ですが、たかだか2000年前に人間が言い出したことが、数億年、数十億年にわたる膨大な生命の蓄積という存在に優先するなんて、それこそが私たちの力の及ばない圧倒的な存在に対する冒涜じゃないかという気がするのです。
 だいたい、「すべてを計算し尽くして7日間でこの世界をお作りになった唯一神」なんて、つまんないですよね。私に神様がいるとしたら、「あれー、こんなのできちゃったよ。あははー」なんて喜んでいるいたずら好きな神様(=盲目の時計職人)かな。

 ちなみに紹介されていた骨格のなかでいちばんお茶目だと思ったのは、オオヒキガエルとオオサンショウウオ、なぜかいずれも両生類でした。図書館から借りていた2週間の間、就寝前にこの写真集を眺め、解説を読むというのが楽しみでしたが、毎晩、寝床の中で動物の骨の写真をうれしそうに見ている妻の姿というのは、さぞかし気味悪かったことでしょう。ごめんよ、茶太郎。
 で、2週間かけてこの本にどっぷりつかった効果(副作用)はというと、地面をてってってっと移動しているスズメを見ても、木の幹で爪を研いでいる野良ネコを見ても、ついつい頭の中でレントゲンをかけちゃうこと。みなさんもぜひ効き目のほどをお試し下さい。
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by thebrandywine | 2008-06-18 19:56 | その他いろいろ
 先週の土曜日、都心に出かけて少し時間があったので、この日に開通した副都心線に乗ってみようかと思っていたのですが、買い物その他でくたびれて時間もなくなってしまった(理由は後述)ので、新宿タカシマヤから副都心線の通っている新宿三丁目駅まで地下道を歩いてみました。
 新宿で用を済ませた後に市ヶ谷に出ることになっており、新宿から都営線に乗ればすむところを、できたばかりの地下道をひと駅弱歩いてみるというこの企画(?)、思いついたときにはなかなかいいアイデアだと思ったのですが、都営線の新宿三丁目駅ってすごく遠いのですよね。結局、さらに疲れただけで、あまり意味のない行動になってしまいました。なんだか殺風景だし、まだ開通したばかりであまり体温みたいなものも感じられないし。メリットは、タカシマヤから伊勢丹まで、新宿の雑踏にもまれず、お天気の心配もなく歩けるということくらいでしょうか。

 なんで「くたびれて時間もなくなってしまった」かというと、紺のスーツを衝動買いしてしまったからなのです。実はこの日は、私個人の買い物は何もしない予定で、その「買い物をしない」というのも、我慢していたわけではなく、そもそも買い物したくても何も買うべきものがなかったからなのですが、にもかかわらず・・・。
 時間つぶしと向学のために何となく手に取ったパンツを、つい勧められるままに試着してしまい、そこへジャケットのほうを羽織ってみたところ、自分でも「おおっ」と思うほどシルエットがきれいだったのに不覚にも感動してしまい、そんな状況の中で、販売員の女性と、その日たまたま店舗に来ていたという、そのブランドのデザイナーなる女性とに、両脇をがっちりガードされ、あとは「まあ、本当にお似合いで」「お客さまのスタイルが」「キャリアの方がちゃんと仕事をされるのに」云々という、ビミョーに心をくすぐるお決まりの言葉の数々。
 このところ読んでいる本が、ビクトリア朝期のアメリカにおける百貨店があの手この手で中流階級の女性の欲望を創出していた状況について書かれたもので、需要などというのは存在するのではなく売り手によって作り出されるということを改めて教えられていたはずなのに、何という体たらく! 「ぴーこ、だまされちゃダメ! 目を覚ますのよ!」という自分の魂の叫び声が遠のいていくのを感じながら、あえなく陥落してしまったのでした。えーん。
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by thebrandywine | 2008-06-16 23:50 | 日常生活

真夜中のお客様

 きのうの夜中のこと。寝室で本を読んでいたら、「ポーポー、ポーポー」と気の抜けた縦笛のような音が聞こえてきました。「誰よっ、こんな真夜中にリコーダーの練習してんのはっ!」と思って窓を開けてみたら、なんと、「ホッホウ、ホッホウ」というアオバズク(多分)の鳴き声でした。もしかしたら繁殖のためにやってきたのかもしれませんね。すぐ裏の雑木林からの声、自宅でこんな経験ができるなんて感激です。
 しばらく「ホッホウ、ホッホウ」という声が聞こえた後、同じ方向から、小さな、けれどとても鋭い「ピャーーーーーッ!」という音が聞こえ、そして静かになりました。文字通り、絹を切り裂くような音だったのですが、何の声だったのかしら。獲物となった小動物の最後の叫びだったのかなあ、なんて想像を膨らませています。
 そういえば、2週間くらい前の真夜中すぎに目を覚ましたところ、「特許許可局! 特許許可局!」とすっとんきょうな声で叫んでいるお客様もいらっしゃいました。近くの公園からは毎年よく聞こえてきますし、先日は深夜の交差点の街路樹で「きょきょきょっ!」と鳴いているのを耳にしたりもしたのですが、裏の雑木林でさえずるのを聞いたのは今回が初めて。「夏は来ぬ」を耳で感じつつ、ちいさな幸せを噛みしめています。
 このところ、昼夜を問わず走り回る暴走族――1人か2人なので「族」と呼べるかどうか不明ですが――の爆音などに腹を立てることが多かったのですが、こんなお客様方なら大歓迎です。また来てくれるかなあ。
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by thebrandywine | 2008-06-12 13:20 | 日常生活

次期戦闘機の選定

 先日、最後の車検を通してきました。もちろん、もう1度か2度車検を通してもかまわないのですが、あまり燃費がよくない車なので、さすがに最近ちょっと気が引けるようになってきたのです。中古車屋さんで私が一目惚れして購入した車ですが、一目惚れで舞い上がってしまい燃費のことにまで頭が回らなかったのでした(茶太郎が提案した車(ターボ付き)については燃費を理由に即座に却下したくせに。笑)。恋は盲目、一緒になって初めていろいろ見えてくる相手の問題点、といったところでしょうか。
 理由のもうひとつが、前回の車検から今回の車検までの2年間に遭遇した、あれこれと多彩なトラブル(じつは、現在もひとつトラブルがあり、部品の納品日待ちの状態)! 幸い、ここまでのところは加入していた延長保証で概ね何とかなっていますが、これから先は費用倒れになりそうなので延長保証に加入しなかったため、おっかなびっくりの保有になるのです。聞いた話では、じつは電気系統の弱いメーカーだとか(有名な話らしいのですが、私たちは2人とも知りませんでした)。
 というわけで、いよいよ次期戦闘機の選定が本格化します。「老後に乗るのはピンクのヴィッツ」というのはすでに決まっているのですが、そこまでのあと20年をどんな車で過ごそうかな~と妄想の翼を羽ばたかせています。ハイブリッドの車も種類が増えてきたようですし、あれこれ悩むのが楽しくなりそう。
 余談ですが、このところ茶太郎と2人で検討していて結論の出たことのひとつに、「犬を飼うならグレーのミニチュア・シュナウザーにしよう♪」というのがあって、すでに名前まで決まっているのですが、これを実現するには、まずは庭付き一戸建てを購入しなければなりません。ケタが1つ小さくて必需品の車と違って、こちらのほうは道のりが遠そうです。っていうか、宝くじ当たらないとムリ!
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by thebrandywine | 2008-06-04 23:18 | 日常生活

茶太郎+ぴーこのおばかな日常: ぴ「うりゃー!」 茶「ぐぇぇぇ~」


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