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 週明けに仕事が入っているので、名古屋から戻ってきました。名古屋では、計画停電のスケジュールをいちいち気にしないですみ、外へ出かけたときも帰りの時間や電車の運休を心配する必要がなく、原発からの距離も東京よりはずいぶん遠く、そういう意味では、地震の影響をあまり受けずに気持ちが解放されてすごすことはできました。
 でも、じゃあ、仕事の能率が上がったかといえば・・・。やっぱり実家じゃ落ちついて仕事はできません。今回よーくわかりました。もちろん、地震のニュースが気になったという側面もあったのですけれど。

 とまあ、自分のダメっぷりをさらすのはこれくらいにして、計画停電の話。

 東京電力が、この26日からは、5つのグループをさらに5つ、変電所ごとに整理をして合計25のグループに細分して計画停電を行う、というニュースを読んでいたので、いったいどんなふうに細分化するのだろうと思っていたのです。でもふたを開けてみたら、事前にイメージしていたのとは全然違っていました。私が勝手に想像していたのは、たとえば私の住んでいる八王子市をいくつかのグループに分ける、というものだったのですが、そうではありませんでしたね。八王子市の大部分は、第2グループだったのですが、この第2グループがそっくりそのまま2-B2-Dになっただけだったのでした。

 じつは、私たちが居住しているところは、14日の計画停電開始以来、多分まだ1度も停電になっていないんじゃないかと思います。
 名古屋へ行く前も停電にはならず、とくに3月15日なんて、夕方の食事時の停電でしたので、おにぎりにぎって、懐中電灯と食卓のろうそくまで用意して、かなり気合いを入れてスタンバっていたにもかかわらず、何の変化もなく肩すかしな気分でした。
 「何で計画通り停電しないんだ!」と怒るほどアホではありませんが、震災から日が浅く、原発の深刻な状況もまだ私たち一般人のところへは伝わってこず、自分の家に電気が来ないことで少しは被災者の人たちの気持ちに寄り添ったり、何かの役に立ってる的な気持ちになれたりできると思っていたんじゃないか。にもかかわらず、その機会を失って、ややがっくりしたんじゃないか、というのが自分の肩すかしの原因の正直な見立てです。
 18日から数日間は完全に留守にしていましたので、正確なところはわからないのですが、わが家のお風呂を沸かすマイコンについている時計は、短時間でも停電になれば時刻設定をやり直さないといけないシロモノなのですが(ちょっとでも電気が止まると「0:00」を指してピコピコと点滅してめんどくさい)、そのパネルの時計がちゃんと今の時刻を指しているので、留守中もいちども電気の供給が止まらなかったんじゃないかと推測しています(もし停電があったのだったら事実誤認です、ごめんなさい)。
 茶太郎は私より一足先に名古屋から東京の自宅に戻っていたのですけれど、茶太郎が帰ってきてからも停電なし。

 じゃあ、八王子市全体がまったく停電が起こらなかったかというと、そんなことはないのです。
 市のサイトで確認できるのは今日の段階では18日以降の分ですが、18日から今日までの間に少なくとも3回は停電になっています。それ以前については、自分の記憶で、たしか2回くらいは、市内のどこかが停電になっていたはずです。具体的にどこで見かけたものだか忘れてしまったのですが、ネットで「自分の家も実家も八王子にあるけれど、自分のところは1回も停電になっていない。母親のところは毎回も電気が消えていて可哀想」という書き込みを見かけた記憶もあります。また、市のサイトによれば18日午前の停電範囲は市のほぼ全域だったとのこと。つまり、八王子の第2グループでいえば、最大5回停電があったのに、1回も消えていないところもあれば、何度も(おそらく3回以上は。もしかしたら毎回?)停電になっているエリアもある、ということです。

 今回、東電が5グループを25グループに細分化した理由は、同じグループでも停電になるところとならないところがあって不公平だったり、疑心暗鬼になったりという問題があるのでそれを解消する、ということだったかと思うのですが、このやりかたで本当に問題は解消するのでしょうか。
 細分化されてから、八王子はまだ停電の順番が回ってこないので何とも言えませんが、「不公平」とか「疑心暗鬼」がどこから来ているのか、ちゃんと理解がされているのだろうかという疑問を持ってしまいます。不公平や疑心暗鬼を感じるのは、「八王子」と「埼玉のどこぞ」の比較ではなく、同じ市内のあっちとこっち、川の向こうとこっちがわ、という目に見えるところで発生する違いから来るのではないかと思うのですが。これが私の偏った思い込みであれば、それはそれでよいのですけれど。

 不公平だの疑心暗鬼だの、といえば、計画停電が始まってほんの数日で23区の大部分がゴッソリと対象地域からぬけたことも、さらに不信感をあおっているんじゃないかという気がします。

 私は、3月17日に、地震後初めて23区内にある職場へ行きました。当初の予定ではこの日の夕方に職場のある地域の停電が予定されていたので、それまでに仕事のキリをつけて、電車の運休にひっかからないように帰らなくちゃ、とあわてていたのですが、職場の最寄りバス停でバスを降りたら、東電の広報車が走っているのを目撃。車には、「○○区では、これ以後、停電はありません」という目を疑うような張り紙が! 「え、なにそれ、ずるい」と思い、慌ててオフィスに駆け込んでパソコンを立ち上げて区の広報をみたら、私の見間違いではなく、やはりそういう趣旨のことが書いてあったのでした。
 びっくりして、東電のサイトにある東京都の区分け表をみてみたら、当初入っていた、葛飾、大田、目黒、世田谷、練馬、といったあたりがごっそり抜けています。大きく報道された通り、23区で対象地域に残ったのは、荒川区の一部と足立区のみ。しばらくは明確な説明がされることもなく、何だか裏でコソコソという印象で、このことが報道のレベルで明らかになったのは、荒川・足立の区長さんたちが抗議をしてからだったのではないでしょうか。その理由についても、都心部は交通量も多く、信号が消えると危険が大きい、といった説明がされていましたが、一口に23区といったって、実情はいろいろなんじゃないでしょうか。合理的な理由というよりは、何らかの意図があるんじゃないか、意図というよりはもう差別なんじゃないか、なんて勘ぐってしまいます。

 そうは言っても、最初に書いたとおり、わが家自体は一度も停電の憂き目に遭ってはいませんので、「自分のところの電気が止まってないくせに、何言ってるの?」と言われそうな気もします。たしかに、じっさいに停電になるのとならないのとでは、きっと大違いで、文句を言う筋合いではないのかもしれません。でも、たとえいちども停電にならないとしても、「今日の、明日の、この時間帯に停電になるかもしれない」という状況に立たされること自体がストレスの原因になるのは事実です。明日の見通しすら立たないと言う意味で、たとえ「可能性」であっても生活に大きな支障をもたらすことは間違いありません。
 被災地は想像を絶するような大変な状況なのですし、電気の供給量が需要に追いつかないのも事実ですから、停電やその可能性じたいに「不便でストレスたまるからアタシやだ!」と文句をつけるつもりはないのです。停電するかしないかが直前にならないとわからないことについても同じです。必要な我慢ならば工夫をして前向きに甘受しようという覚悟くらいはあります。
 でも、なぜあるエリアは停電対象地域になっていて、別のエリアはそうではないのか、同じ対象エリア内に、決まって電気の止まる場所とそうでない場所とが存在するのはどうしてなのか、そのあたりの説明をきちんとしてもらえないのでは、顧客の理解は得られないのではないでしょうか。サラリーマン家庭はまだしも、停電対象区域で事業を営んでいる個人事業者なんて、ヘタをすると倒産のリスクを増大させることだって大いにあると思うのですが、ちゃんと納得してもらえるのでしょうか。
 「夏は23区の大部分にも停電を甘受してもらう」と東電の副社長は言ったそうですが、今やっていないこと、納得のいく説明のされていないことを、夏にちゃんとやってくれる保証はあるのでしょうか。それとも、今はそう言って23区以外の消費者をテキトーになだめておいて、なんとか夏までに供給量を戻そうというハラなのでしょうか。鉄道関係だけにピンポイントで給電することだって、「技術的に無理」とか言っておきながら、要請があれば何とかできたわけで、ただやる気がないだけじゃないのか、競争がない企業はいいよなー、とも思ってしまいます。(最後のほう、かなり投げやり、スミマセン)
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by thebrandywine | 2011-03-27 21:52 | 日常生活

具体的な節電効果

三菱総研「電力危機を乗り切るために今できること」

 具体的な需給のギャップ、計画停電がもつ意味などについての解説の後、何をするとどの程度の電力消費量を抑制できるかについての情報が提示されています。

 たかだか白熱電球1個であっても、塵も積もれば・・・ですね。わが家は、これまで茶太郎が廊下の照明をつけっぱなしにすることが多くて、「ちゃんと消してよ!」と言うたびに煩がられていましたが、このところ消してくれるようになりました(笑)。正義感に駆られて闇雲に行う節電も、それはそれで悪くないですが、こうやって具体的な数値で示してもらえると効果まで実感できそうで、自宅に戻った後の「ヤシマ作戦」もさらに参加のしがいのあるものになろうというもの。
 テレビについては「輝度を下げる(=節電モード)」というのがありましたが、やっぱり必要以上には見ないというのがいちばんなんじゃないかと。まあ全然見ないわけにはいきませんが、先日久しぶりにAMラジオを聴いてみて、あの感じ、なかなかいいじゃないかと見直しました。とくに食事の支度などをするときにはテレビよりいいかもしれませんね(と、「何を今さら」的な当たり前のことでスミマセン)。

 あと、「ターゲット・ロックオン!」という意味では、こういうのも少し役に立つのかしら。自分がどれくらい貢献でき(てい)るのかという観点からではないですが、夏も計画停電をやるらしいとすると、じっくり見ておいてもいいのかも。

東京電力「電力の使用状況グラフ」
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by thebrandywine | 2011-03-21 23:58 | 日常生活

名古屋にいます

 現在、名古屋の実家で過ごしています。「疎開」を日用品やガソリンの買い占めと同じ論調で批判する声があるのも知っていますが、いろいろ考え、迷った末に決めたことです。あと数日こちらですごす予定です。

 テレビをつければ震災報道一色(とくにわが家はほとんどNHKしか見ないので)という点では、どこにいても同じなのですが、生活をするうえでの緊張感が東京の自宅にいるときとはまったく違います。実家で長時間集中して仕事をするのは難しいので時おり気分転換に街中に出るのですが、お茶を飲んでいても、みんなが地震のことを気にかけているという感じはしませんし、何より、計画停電や鉄道の運行状況をビクビクと気にしながら過ごす必要がないのは大きいです。こちらでは体で感じるような地震・余震もほとんどありませんし。
 というか、用もないのに街中をフラフラとするという状況自体が東京ではあり得なかったかな、と。用事があれば出掛けはするけれど、何があるかわからないから用がすんだらさっさと帰る、というのが、震災以来デフォルトになっていましたから。

 しかし、車を運転していると、名古屋のローカル局のラジオ番組などを耳にするわけですが、物理的に震災の影響を受けてない状況でも、さまざまな——ラジオなのでおもに音楽関係の——イベントを中止するというお知らせがよく流れてきて、そのことにやや驚いています。
 たしかに映像で流れてくるあの惨状、予断を許さない原発の問題などを考えると、浮ついたことや晴れがましいことをするのは抵抗があるに違いないのですが、地震の直接の被害を(食器や本棚などの小さなこと以外には)受けていないまでも、停電などで日常生活に大きな多少は影響を受けていた立場から発言すると、「いつもの生活」が営める状況にある人たちには、なるべく「普通の生活」を営んでもらって、1日も早く、復興へ向けて流れを作ってほしいなあ、と思うのです。
 とはいえ、私自身も、東京ではできなかったショッピングも名古屋でなら気持ちが解放されてできるかしら、と考えていたところ、名古屋駅のデパートで春物衣料の軽やかな色合いを目にした一瞬は気分が浮揚したものの、やはり心のどこかに鉛のように重荷をかかえていたようで、結局、ウィンドウショッピングを楽しむことはできませんでしたから、人のことは言えないのですけれど。(でも、こちらにいるうちに1度はチャラチャラとお買い物を楽しむつもり!)
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by thebrandywine | 2011-03-20 23:32 | その他いろいろ

「ヤシマ作戦」

趣旨に賛同します。

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もう細かいことはあまりごちゃごちゃ考えずに
自分にできることをできる範囲で粛々としてみようと思います。
我慢ではなくチャレンジとして。



■ 「ヤシマ作戦について
■ 「傍観者ではなく“当事者としてできること”--東北地方太平洋沖地震
■ 「被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ〜僕の浅はかな経験談〜
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by thebrandywine | 2011-03-14 16:40 | その他いろいろ

輪番停電

 金曜日の巨大地震の日にあげたエントリは、「災害時ハイ」とでも言うのか、時々刻々と度を増していく事態の深刻さに言葉を失ってから読み返してみると、何とも浮ついた印象を免れないものでした。軽率でお恥ずかしい限りですが、戒めの意味も込めて、そのままにしておこうと思います。

 今夜は、今頃になって確定申告の書類を夫婦2人分作成していました。いつもながらドロナワです。

 で、その書類作成に四苦八苦していて情報に乗り遅れていたのですが、明日からいよいよ輪番停電なのですね。第2グループに入っている我が家は、明日14日については、午前9時20分から午後1時までと、午後6時20分から午後10時までの2回です。これではぜんぜん仕事にならず埒があかないので職場に避難しようと思ったところ、職場のあるエリアは、午後ほとんど停電になるスケジュールのようで、逃げ場を失ってしまいました。

 それでも、健康な大人の場合は、便利さや快適さを手離すだけですむ部分もありますが、持病のある高齢者や小さなお子さんのいる家庭は本当に大変な生活を強いられることになりそうですね。

 今年の年明けに、「あんまり便利すぎるのも考え物、少しはみんなで不便を託ちあえばいいのに」などと大言壮語を吐いていましたが、こんなタイミングで己を試されることになろうとは思ってもみませんでした(白状すると、名古屋の実家に「疎開」するという選択肢に幻惑されているところなのです)。正月の三が日の休業で味わう不便などたかが知れているわけで、トータルとしての生活の質は保証された中でのお嬢様のお遊び感覚だったのではないか、原発反対のスタンスをとりたいと思いつつ、原発でまかなわれる電力に頼らなければ自分の生活すら成り立っていないではないかと、反省しています。

 ところで、秋田にいる茶太郎の母や姉夫婦は、昨日の夕方、長く続いた停電からようやく解放されたとのこと。古い石油ストーブを引っ張り出して暖をとっているのでは、と勝手に考えていたのですが、復旧した後に聞いた話では、古いストーブは処分してしまっていたので、結局、毛布にくるまって震っていたのだそうです。
 いつ復旧するかわからない暗闇の中で寒さと空腹に震えることを思えば、1日3時間(明日は早速それが複数回なわけですが)くらいのことは、何とかやり過ごさなければならない、みんな大変な時なんだから、と殊勝な心がけを口にしてみたりもするのですが、他方で、この優等生的発想というのも、違う状況の中において——たとえば時間を65年ちょっと遡るなどして——みるととても危険な気がして、忸怩たるキモチになるのでした。戦争中の灯火管制って、どんな感じだったのかしら、などと。
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by thebrandywine | 2011-03-13 23:51 | 日常生活

茶太郎+ぴーこのおばかな日常: ぴ「うりゃー!」 茶「ぐぇぇぇ~」


by thebrandywine